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Archive for 5月 2010

初夏の庭 2010

つらかった1ヶ月、5月もようやく終わろうとしている。終わりくらいは、穏やかに終わってくれるといいのだが。いろんな意味で、自分のいたらなさ、うかつさが、結局自分自身を苦しめた、そういうひと月だった。「絶対に許さない」そう言われたが、自分は誰かに対して簡単にそんなことは言えないし、誰かを断罪できるほどに一方的な被害者でもない。いっそ、誰かを憎むことができれば、少しは楽なのかもしれない。でも誰かに憎まれると言うことは、その人が楽になる一助にはなっている…と思うことにしよう。

なんて思いを巡らしていたら、やはりことの起点、5年も前なのだが、彼女が断罪するこのときに、まさしく彼女が断罪する罪を犯したのではないか、と信じられるようになってきた。この5年の間、自己欺瞞の罠にはまり込んでいたのは、実は自分自身だったのか?違うと思いたいが、被害者である彼女がそう言うのだ。いじめの問題では、いじめた方は忘れているが、いじめられた方はいつまでも忘れないという、そういうことなのだろうか。あぁ、また生きることが苦しくなってきた、死を生きるしかないのだろうか。(いかんな、冗談抜きで躁鬱症状だ、精神が失調してきたな)

で、去年の夏から、つもりに積もっていた我が家の狭い庭の広葉樹の枯れ葉の山を片付けた。天気のいい日にささっとやってしまえば、休み休み、それこそちんたらちんたらやっても、2時間ほどで終わる作業なのについつい億劫になっていた。で、ついでにGF1で初夏らしい絵を狙ってみた。レンズは、アダプタ経由で ZuikoDigital 25mm F2.8である。Lumix G 20mm F1.7があるので、開放F2.8というと、それほど明るくないような気がするが、レンズキットズームなどが普通開放F3.5あたりからであることを考えると十分に明るいレンズだ。25mmは換算50mmと言うことになるので、目で見た画角にすぱっと切り取ることができて気持ちがいい。

しかし、レンズ自体は開放でもしっかり写るのだが、好天で明るすぎるのでF2.8ではISO100でも1/4000で露出オーバーになってしまう。E-3以外の自分のカメラは1/4000がシャッター速度の限界なので、ちょびっと絞るしかない。G20mm F1.7と違って、ちょっと抑え気味の絵になるのが ZDの特徴かな。しかし、残念ながら力量不足で、こんな感じでしょぼい写真しか撮れてないのはご愛敬。

テーマを明るく

自分に対するネガティブキャンペーンもさすがにそろそろおしまいにしたい。自分がいたらなかったことは十分に思い知ったつもりだ。そういうわけで、ポジティブキャンペーンの一環としてテーマの色調を明るめに変更してみた。

それ以外は基本的には大きくいじっていない。まぁ、ページとカテゴリーに関するメニューだけちょっと位置関係などを触ったりはしたが。

Lumixの浸食

ストレスが大きいと、衝動買いのタガがハズレてしまうのはわかっていたが、今回のストレスは前代未聞だったので、衝動買いというか、もう目についたもの、思いついたものなんでもポチっていっている感じで、今月のカードのチャージがどんくらいになるのか、ちょっと怖かったりする。

まぁ、某○☆酢の社長と比較すると、本当にかわいいものというか、まぁ慎ましやかなものではあるし、某氏のように誰かを不幸にすることで自分を満足させるなんてことのために使うお金というわけでもないので。

ところで、そう言えば「自己満足だ」とえらく罵られた…、これは自己紹介ページに書くことにしよう。

赤のGF1。別に3倍速くはない。

で、なんと3台目のマイクロフォーサーズカメラをゲットしてしまった。パナソニックのLumix GF1である。

ヤフオクで25,000円で落札。ちょうどGF1, GH1のキャッシュバックが始まったので、5,000円キャッシュバックで、20,000円なら~と思ってポチってしまった。

が、残念ながら、このキャッシュバックには販売店の購入時レシートか領収書がいるとのこと、当初、記入済み保証書と箱のバーコード部分だけでいいのかと思ったのだが、残念。もくろみがハズレてしまった。

う~む、ポジション的には、E-P1とけっこうかぶるのだが、ま、いっかー。

で、今朝届いたので、さっそく買い物に出かけたついでに少しばかり撮ってきた。レンズは、写真の通り Lumix G 20mm F1.7一本勝負である。とは言え、これ以外のマイクロフォーサーズマウントのレンズはM.ZD14-42mmしかないのだが。もちろん、MFT-FTマウントアダプタを使えば、フォーサーズのレンズはすべて使えるが、おそらくGF-1ではほとんどMFしか使えないと思われる。この点はE-P1の方がかなり有利である。

さらに、ボディ手ぶれ補正がないので、この20mm F1.7にしろ、M.ZD14-42mmにしろ手ぶれ補正なしでの使用となる。唯一手ぶれ補正が使えるのは、ついこの前、手に入れた Leica D Vario ELMAR 14-50mm+マウントアダプタという組み合わせってことになる。

とは言え、このLumixコンビは見ての通り、かなりしっくり来るし、使い勝手も、当然だが悪くない。ただし、今日の昼間は天気が良くて、日差しが強めだったのだが、その状態では液晶画面の映り込みが激しくて、非常に使いづらかったというのは付け加えておこう。E-P1の液晶は画素数こそ少なくて、その点ではえらく不評だが、好天時の視認性という点では断然使いやすいってことを思い知らされた。どんなに高精細な背面液晶でも、見えなくては意味がないのだ。

ご覧の通り、実はあまりおもしろい写真は撮れなかった。普通に晴れの日って、あんがい普通すぎてフォトジェニックを見つけるのが思うようにいかないって気がする。

天気がよかった

暑くもなく、というか、むしろ今朝もちょっと肌寒いくらいで、でも日差しは強めでいい天気。

周期的におとずれる胸の痛みを、まるで人混みをよける感じで、なんとか右へ左へと意識をそらしつつ。

雨上がりの肌寒い朝

不確定性原理ではないが、何事もその事象だけでなりたっているわけでなく、そこには必ず「観測者」という存在がある。誰も気づいていないことは、起こっていないのも同じことっていうことになるという、まぁ、なんちゅうかすげーご都合主義のような気もするが。(あ、もちろん「不確定性原理」がそういう原理でないことは知ってますです、はい)

で、何が言いたいかというと、あれほど胸が締め付けられるつらいバッドエンドも、観測者の見方が変わるとずいぶん耐えやすいものになるもんだということ。もちろん、それだけではなく、そういう感じにまで突き抜けてしまうほど、真っ黒な罵りあいも経験させてはもらったが、ある人の一言が、自分が今まで全くその方向から事象を見ていなかったことに気づかせてくれた。

そうすると、何というか、妙に腑に落ちるというか、悶々とする気持ちが幾分か和らぐ感じで、気持ちがずいぶんと軽くなった。

結局、よくあることなのだろうが、自分を一番苦しめているのは、他でもない自分自身だったりするわけなのだ。

おっと、それはいいとして、今朝も E-420+Vario ELMAR 14-50mm。少し写真にも前向き気分が反映されているんじゃないかな、と勝手に思っている。

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